「鬼滅の刃」の大ヒットの裏には、作者・吾峠呼世晴先生と二人三脚で作品を作り上げた編集者の存在がありました。
鬼滅の刃の連載立ち上げを担当した編集者は片山達彦さんで、連載のきっかけを作っただけでなく、「○○の呼吸」という名称や炭治郎の印象的なシーンなど、作品を象徴する要素の誕生にも深く関わっています。
この記事では、鬼滅の刃の編集者・片山達彦さんがどのように作品を支えたのか、連載開始までの経緯や吾峠呼世晴先生とのやり取り、名シーン・設定にまつわる制作秘話を紹介します。
この記事を読むとわかること
- 鬼滅の刃の編集者・片山達彦が連載立ち上げに果たした役割
- 「○○の呼吸」や名シーン誕生にまつわる知られざる制作秘話
- 吾峠呼世晴先生の個性を生かした編集者との二人三脚の制作過程
鬼滅の刃の編集者は片山達彦!連載立ち上げから10話頃まで担当
「鬼滅の刃」の連載立ち上げを担当した初代編集者が、集英社の編集者である片山達彦さんです。
片山さんは吾峠呼世晴先生の才能を早くから評価し、連載会議になかなか通らない時期にも作品の魅力をどうすれば少年ジャンプの読者へ伝えられるかを一緒に考えていました。
本人のインタビューでは第13話頃、炭治郎が浅草へ向かうあたりまで担当したと語っており、まさに「鬼滅の刃」の土台が作られた重要な時期を支えた編集者といえます。
片山達彦は「呪術廻戦」や「ブラッククローバー」の立ち上げにも携わった編集者
片山達彦さんは「鬼滅の刃」だけを担当した編集者ではなく、「呪術廻戦」や「ブラッククローバー」など、後に週刊少年ジャンプを代表する人気作品の立ち上げにも携わった編集者として知られています。
「鬼滅の刃」のインタビューでも「ブラッククローバー」を担当していたことが明かされており、吾峠先生が連載前にアシスタント経験を持っていなかったことから、田畠裕基先生の仕事場へ一緒に見学に行き、週刊連載の現場を学ぶ機会を作ったというエピソードも語られています。
作品の内容だけでなく、漫画家が連載を続けるための制作環境まで整えることも担当編集の重要な役割だったことがわかります。
一方で、片山さんの編集方針は、編集者側の考えを一方的に押しつけるものではありませんでした。
吾峠先生について、セリフの力が圧倒的で、登場人物本人が話していると感じられる言葉を自然に作れる点に才能を感じていたと振り返っており、作家がもともと持っている個性を見つけ、それを読者へ届く形に整えることを重視していた様子が伝わってきます。
私はこの姿勢こそ、「鬼滅の刃」の独特なセリフ回しや少し変わったキャラクター造形が、少年漫画としての読みやすさを失わずに残った理由の一つだと感じます。
実際、吾峠先生が自分の中で明確な理由を持っている設定については、片山さんの提案であっても簡単には変更されませんでした。
最終選別を冨岡義勇に見守らせる案を片山さんが提案した際には、「義勇は有能な剣士なので、そのような場所で審査する立場ではない」という趣旨の理由から採用されず、序盤の修業を短くする提案についても、「普通の人間がすぐ強くなるのは不自然」という吾峠先生の考えによって現在に近い形が残されています。
意見を出しながらも作者の信念に理由があれば尊重するという関係性が、「鬼滅の刃」らしい世界観を守るうえで大きな意味を持っていたのでしょう。
「過狩り狩り」をベースにする提案が鬼滅の刃の連載につながった
「鬼滅の刃」が誕生する大きなきっかけになったのが、吾峠呼世晴先生のデビュー作である「過狩り狩り」をベースに、新しい連載作品を考えてみようという片山さんの提案でした。
吾峠先生は「過狩り狩り」の後にも「文殊史郎兄弟」「肋骨さん」「蠅庭のジグザグ」などを制作し、連載用のネームにも挑戦していましたが、なかなか連載会議を突破できず、2015年中に連載を獲得できなければ漫画家を辞めるというほど強い覚悟で作品作りに臨んでいたといいます。
そこで片山さんは、吾峠先生の作家性を残しながら、より幅広い読者に作品の魅力を伝える方法を考えることになります。
片山さんが先輩編集者へ相談する中でヒントになったのが、読者がすぐ理解できる「わかりやすいモチーフ」を使うという考え方でした。
「ONE PIECE」の海賊や「NARUTO -ナルト-」の忍者のように、読者が最初からイメージできる題材を入り口にすれば、独自性の強い作家であっても世界観へ入りやすくなるため、片山さんは吸血鬼、大正時代、刀という理解しやすい要素をすでに持っていた「過狩り狩り」へ原点回帰することを思いつきました。
吾峠先生もその提案を受けてすぐに制作を始め、そこから「鬼滅の刃」へと続く世界観が具体的に形作られていきます。
もっとも、「過狩り狩り」を土台にすればすぐ「鬼滅の刃」が完成したわけではなく、その途中には連載会議で落選した「鬼殺の流」という作品がありました。
「鬼殺の流」は世界観そのものには一定の評価を得たものの、主人公が盲目・隻腕・両足義足という非常にハードな設定で、寡黙な性格だったことなどから、少年漫画の主人公として感情移入しにくい点が課題になったとされています。
そこで片山さんが「この作品の中に、もう少し普通の子はいないか」という趣旨の質問をしたところ、吾峠先生の中にすでに存在していた「炭を売る少年で、家族を殺され、鬼になった妹を人間に戻すため鬼殺隊へ入る」という人物像が語られ、その人物こそ主人公・竈門炭治郎となり、「鬼滅の刃」が誕生しました。
担当交代を前に吾峠呼世晴と今後の展開を話し合っていた
片山さんが「鬼滅の刃」を担当していた期間については「10話頃まで」と紹介される場合がありますが、本人はインタビューで「第13話ぐらいまで」「炭治郎が浅草に行くあたりまで」と具体的に振り返っています。
第13話前後は最終選別を終えた炭治郎が本格的に鬼殺隊士として任務へ向かい、やがて鬼舞辻無惨と遭遇する浅草編へ入っていく時期であり、作品が修業中心の導入部から長編物語へ広がっていく重要なタイミングです。
つまり片山さんは、連載を獲得するまでだけではなく、「鬼滅の刃」が週刊連載として軌道に乗り始めるところまで吾峠先生と伴走していたことになります。
さらに興味深いのは、片山さんが担当を離れる頃には、その場で描かれているエピソードだけでなく、今後登場する同期の鬼殺隊士5人や「柱」の存在についても吾峠先生から聞いていたと語っている点です。
善逸や伊之助をはじめとした同期の人物像や、鬼殺隊最高位の剣士である柱たちは、その後の「鬼滅の刃」を語るうえで欠かせない存在となるため、連載序盤の時点ですでに物語の先を見据えた構想について作者と担当編集の間で共有されていたことがわかります。
片山さんが「同期の中に揉める人物がいたら面白いのでは」という趣旨の話をした可能性にも触れており、その影響が不死川玄弥のとげのある初登場につながったのかもしれないと、本人が冗談交じりに振り返っています。
また、連載開始直後の「鬼滅の刃」が打ち切り寸前だったという話について、片山さんは明確に否定しています。
第1話、第2話の読者からの反応は良く、第7話では人気を受けて急遽センターカラーが決まっており、その結果ページ数を増やす必要が生じたため、錆兎が炭治郎について「誰よりも大きな岩を斬った男」であることを語る場面が追加されたという制作秘話も残っています。
連載前の試行錯誤から連載開始後の細かな調整、そして将来登場するキャラクターや組織の構想共有まで、片山達彦さんは「鬼滅の刃」の初期設計に深く関わった編集者だったといえるでしょう。
鬼滅の刃の編集者・片山達彦が誕生に関わった名シーンや設定
片山達彦さんは「鬼滅の刃」の連載そのものを立ち上げただけでなく、現在では作品の象徴になっている呼吸の名称や、炭治郎の人柄を決定づけた名シーンにも関わっています。
ただし、編集者が設定や物語を作ったというより、吾峠呼世晴先生が持っていたアイデアの魅力を見つけ、より読者へ伝わる形になるよう意見を出していたと考えるのが実態に近いでしょう。
ときには吾峠先生自身が削ろうとしていた場面を片山さんが強く残すよう勧めることもあり、作者だけでは気づきにくい作品の魅力を編集者が客観的に見つけ出していたことがわかります。
「鱗滝式呼吸術」への指摘から「○○の呼吸 〇ノ型」が生まれた
「鬼滅の刃」と聞いて、「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り」などの技名を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。
現在では作品を代表するほど有名になった呼吸ですが、制作段階では吾峠先生が「鱗滝式呼吸術」という名称を考えていたとされています。
炭治郎へ呼吸法を教えた鱗滝左近次の名前をそのまま冠した名称であり、設定として意味は通るものの、現在の「水の呼吸」や「炎の呼吸」と比べると、技を繰り出す際の華やかさや広がり方はかなり異なります。
この名前を聞いた片山さんは、吾峠先生へ率直に「ダサい」という趣旨の意見を伝えたとされており、吾峠先生は自分では格好いいと思っていたため驚いたというエピソードが残されています。
その後、名称は現在のような「○○の呼吸」「〇ノ型」という形式へと整理され、水・炎・雷・風・岩など、それぞれの剣士の特徴を直感的に理解できる仕組みへ発展していきました。
私は、この変更は単に名称を格好よくしただけではなく、後から新しい剣士や流派を登場させやすい共通ルールを作った点でも非常に大きかったと感じます。
たとえば「鱗滝式呼吸術」という名称のままだった場合、ほかの育手や剣士が異なる技を使うたびに、それぞれ別の命名ルールを説明する必要があったかもしれません。
一方、「○○の呼吸」という形式で統一したことで、読者は「雷の呼吸」と聞けば雷のような速度を、「炎の呼吸」と聞けば炎を思わせる力強さを自然に想像でき、初登場の技であっても特徴を理解しやすくなっています。
片山さんの率直な指摘と、それを受けてさらに魅力的な形へ発展させた吾峠先生の発想が組み合わさった結果、鬼滅の刃を象徴する「呼吸」の表現が生まれたといえるでしょう。
炭治郎が手鬼の手を握るシーンは編集者の意見で残された
片山さんが吾峠先生の才能をあらためて強く感じた場面として挙げているのが、最終選別で炭治郎が手鬼を倒した後、その消えゆく手を握るシーンです。
手鬼は鱗滝の弟子たちを長年にわたって殺してきた鬼であり、炭治郎にとって大切な存在である錆兎や真菰の命も奪っているため、一般的なバトル漫画であれば敵を倒したところで戦いが終わっても不自然ではありません。
ところが炭治郎は、かつて人間だった手鬼の悲しみを感じ取り、憎むべき相手であっても最期にはその手を握り、次に生まれるときには鬼にならないよう静かに祈ります。
実は吾峠先生は打ち合わせの際、この場面について「少年漫画らしくないのでカットしようか」という趣旨の話をしていたと片山さんは明かしています。
それに対して片山さんは、「ここだけは絶対に入れてください」「これが炭治郎ですよ」という趣旨で強く残すことを勧めました。
片山さんにとってこの場面は、単なる感動的な演出ではなく、敵であっても悲しみに寄り添えるという竈門炭治郎の本質を、一つの行動だけで読者へ伝えられる非常に重要なシーンだったのでしょう。
結果的に、この場面は「鬼滅の刃」という作品そのものの方向性を象徴するものになりました。
「鬼滅の刃」では鬼を倒すこと自体は否定されませんが、鬼になった者にも人間だった時代があり、悲しい過去や失いたくなかったものがあったことが繰り返し描かれており、「倒すべき敵」と「かつて人間だった存在への哀れみ」を同時に描くことが作品の大きな特徴になっています。
もし片山さんがこの場面の価値を見抜かず、そのまま削られていたとしたら、読者が序盤で受け取る炭治郎の印象もかなり違ったものになっていた可能性があります。
キャラクターへの質問が細かな設定や単行本のおまけにつながった
「鬼滅の刃」の魅力は本編のストーリーだけではなく、単行本の幕間などで紹介されるキャラクターの細かなプロフィールや、「大正コソコソ噂話」と呼ばれる補足情報にもあります。
好きな食べ物や人間関係、普段の行動、過去のちょっとした出来事まで細かく設定されているため、本編だけではわからなかった人物像を知り、さらにキャラクターを好きになった読者も多いでしょう。
こうした細かな設定が増えていった背景には、片山さんが打ち合わせの中でキャラクターについて積極的に質問していたことも関係しているとされています。
片山さんは吾峠先生に対して、「なぜこのキャラクターはこうなったのか」というように、人物の行動や背景について疑問に思ったことをよく尋ねていたといいます。
これは編集者として設定を無理に増やすための質問というより、片山さん自身が作品を読んで純粋に気になったことを聞いていたという側面が強く、その質問を受けた吾峠先生が人物の過去や性格についてさらに考えるきっかけになりました。
編集者が読者に近い目線から「なぜ?」と尋ねることで、作者の頭の中にあるキャラクター像が言語化され、設定として深まっていったわけです。
そして、その打ち合わせの中で生まれたり整理されたりした情報が、単行本のおまけページなどで読者へ紹介されるようになったといわれています。
週刊少年ジャンプですでに本編を読んでいる人でも単行本を買って楽しめるよう、吾峠先生は本編には入りきらない情報や描き下ろしを積極的に掲載しており、それが結果的に「鬼滅の刃」の世界をさらに厚みのあるものにしました。
本編に直接必要ではない情報まで知りたくなるのは、それだけキャラクターが魅力的だからこそであり、片山さんとの何気ない質問と回答の積み重ねも、ファンがキャラクターへ愛着を持つ土台の一つになったと考えられます。
こうして見ると、片山達彦さんが「鬼滅の刃」に与えた影響は、大きなストーリー変更や派手なアイデアだけではありません。
呼吸の名称には「もっと魅力的に見せられないか」という視点を加え、手鬼の場面では作者自身が削ろうとした魅力を守り、日々の打ち合わせではキャラクターについて問いかけることで設定を深めるきっかけを作っています。
作品を作った中心はあくまで吾峠呼世晴先生ですが、その魅力を客観的に見つけて引き出した片山達彦さんの存在も、「鬼滅の刃」の初期を語るうえで欠かせないものといえるでしょう。
鬼滅の刃の編集者・片山達彦が作品を支えたエピソードまとめ
ここまでの制作秘話を見ると、片山達彦さんの役割は、単に原稿をチェックして連載を管理するだけのものではなかったことがわかります。
吾峠呼世晴先生ならではのセリフやキャラクターを評価する一方、読者に伝わりにくい部分には率直に意見を出し、ときには作者が削ろうとした魅力を見つけて残すこともありました。
作者の個性を尊重することと、編集者として客観的な意見を伝えることを両立していた点が、片山さんと吾峠先生の関係を知るうえで重要なポイントです。
吾峠呼世晴の個性を生かしながら必要な意見を伝えていた
「鬼滅の刃」には、独特なセリフ回しや人物造形、シリアスな状況の中に突然入るユーモアなど、吾峠先生ならではの強い作家性があります。
片山さんはそうした個性を少年漫画として一般的な形へ無理に直すのではなく、吾峠先生にしか描けない魅力は残しながら、必要な部分では編集者として意見を伝えていました。
前述した「鱗滝式呼吸術」の名称への指摘はそのわかりやすい例で、作者の発想そのものを否定するのではなく、読者からどう見えるのかという別の視点を加えたことで、最終的には「○○の呼吸」という作品を象徴する表現へ発展しています。
一方、片山さんが出した案を吾峠先生が採用しなかったケースもありました。
たとえば、最終選別の場に冨岡義勇を登場させて炭治郎を見守らせる案に対して、吾峠先生は義勇ほどの剣士がその役割を担うのは不自然だという趣旨の理由を説明し、採用しなかったと片山さんは振り返っています。
炭治郎の修業期間を短くする提案についても、普通の人間である炭治郎が簡単に強くなるのはおかしいという吾峠先生の考えがあり、長い修業期間が描かれることになりました。
こうしたエピソードから見えてくるのは、作者と編集者のどちらか一方の意見だけで作品が決められていたわけではないということです。
編集者が案を出し、それに対して作者が自分の考えを説明し、より作品にふさわしい答えを探していくというやり取りが繰り返されていました。
編集者の提案をすべて採用するのでも、すべて拒否するのでもなく、「なぜそうするのか」を考え続けたことが、「鬼滅の刃」の設定に説得力を与えた理由の一つなのでしょう。
さらに象徴的なのが、片山さんがキャラクターについて細かく質問していたエピソードです。
片山さん自身は単純に設定が気になって尋ねていた面もあったようですが、吾峠先生はその質問を受け、脇役に至るまで性格や背景を考えるようになったことが知られています。
私はここに、編集者の理想的な役割の一つが表れているように感じます。
答えそのものを編集者が用意するのではなく、作者がより深く考えるきっかけとなる問いを投げかけることで、吾峠先生自身の発想からキャラクターの世界が広がっていったからです。
鬼滅の刃は作者と編集者の二人三脚によって形作られた
「鬼滅の刃」の大ヒットを振り返るとき、最も重要なのは、作品を生み出したのはあくまで作者の吾峠呼世晴先生であり、片山達彦さんはその才能を作品として世に届けるために伴走した編集者だったという関係を正しく捉えることでしょう。
「過狩り狩り」への原点回帰を提案したこと、主人公を再検討するきっかけを作ったこと、呼吸の名称へ意見を出したこと、そして手鬼の手を握る場面を残すよう勧めたことなど、片山さんが連載初期に果たした役割は決して小さくありません。
しかし、それらの意見を受けて設定を考え、キャラクターへ命を吹き込み、実際の漫画として描き上げたのは吾峠先生であり、この両者の役割を混同しないことも制作秘話を知るうえでは大切です。
また、二人三脚とは「いつも同じ意見だった」という意味でもありません。
片山さんが修業を短くする案を出せば吾峠先生が理由を説明して現在の形を選び、逆に吾峠先生が手鬼の場面を削ろうとすれば、片山さんがそのシーンに炭治郎らしさが表れていると伝えて残すよう勧めています。
互いに異なる視点を持っていたからこそ、作品について話し合う過程で「鬼滅の刃らしさ」がより明確になっていったと考えられます。
そして、片山さんが担当したのは連載初期までであり、その後の「鬼滅の刃」は別の担当編集者たちにも引き継がれていきました。
その意味では、全23巻にわたる物語のすべてを片山さん一人が担当したわけではありませんが、主人公・炭治郎の方向性や呼吸の表現、作品が鬼をどう描くのかといった物語の根幹が形作られる時期に関わった「立ち上げ担当」だったことには大きな意味があります。
連載獲得に苦戦していた吾峠先生とともに試行錯誤し、「鬼滅の刃」が週刊少年ジャンプで走り出すところまで支えたことが、片山達彦さんの大きな功績といえるでしょう。
「鬼滅の刃」の編集者について調べると、呼吸の名称や名シーンに関する制作秘話へ目が向きがちですが、個々のアイデア以上に印象的なのは、作者の持ち味を消さずに作品を磨いていった両者の関係です。
吾峠先生が自分の世界を徹底して考え抜き、片山さんが読者に近い客観的な視点から疑問や意見を投げかけることで、独創性とわかりやすさを兼ね備えた作品へと形作られていきました。
「鬼滅の刃」の大ヒットの背景には、吾峠呼世晴先生の圧倒的な創作力と、それを信じて支えた片山達彦さんをはじめとする編集者たちの仕事があったと知ると、作品を読み返したときにまた違った魅力が見えてくるのではないでしょうか。
この記事のまとめ
- 鬼滅の刃の連載立ち上げを担当した編集者は片山達彦さん
- 「過狩り狩り」をベースにする提案が連載開始のきっかけに!
- 「○○の呼吸 〇ノ型」の名称誕生にも片山さんの指摘が関係
- 炭治郎が手鬼の手を握る名シーンも編集者の意見で残された
- 細かな質問がキャラクター設定や単行本のおまけにも発展
- 吾峠呼世晴先生の個性を尊重しつつ必要な意見を伝える編集方針
- 鬼滅の刃は作者と編集者の二人三脚によって形作られた作品!


